山の記憶

山歩きで感じたこと、ダウン症の息子との散策を徒然に

Ryoウォーク「諏訪原城跡」

1月12日、今日は成人の日。本年度、成人式を迎えた青年たちとRyoとはちょうどひと回り違うことになる。

12年前のRyo成人式

見格好は大して成長してないが、もう立派な(?)オジさんだ。
昨日は風も強く寒くてとても外に出る気にはならなかったので、本日はかなや会館から諏訪原城跡へ4kmほどのRyoウォーク。

旧東海道金谷坂石畳途中のすべらず地蔵

すべらず地蔵にしっかり拝んだが、「笑ったり転んだり」が最近の心境。

 落ち込まないで 諦めないで
 君のとなり 歩くから
 今夜も散歩しましょうか

諏訪神社前の案内板、事前の学習が大事

諏訪原城跡地形図の拡大図

諏訪原城は武田築城の山城、春風亭昇太師匠(諏訪原城応援隊隊長)のおかげで全国的にも少しは有名となってきて、年々遺構の整備が進む。

oi-river-trip.com

二の曲輪北馬出にて

今日は快晴、富士山も綺麗に望まれた。ぐるりと城跡を一周して戻る。帰りにお茶でもと誘うが嫌だとさ、残念!

二の曲輪北馬出を後に

なかなか好調な歩き

 

大津谷川散歩

カッコいい自転車


穏やかな日曜日午後、いつもの大津谷川をRyoと散歩

黄葉したイチョウ

葉をすっかり落としたオオバヤナギ

紅葉したドウダンツツジ

サザンカの生垣でポーズと今日は調子よい

帰りに工事中の擁護壁にカモシカがいるのを発見。この前はキツネと会ったりして、こんな所にもさまざまな動物が棲息する。

この10月は

自画像(特別支援学校高等部)

この10月は、義母が亡くなったこともあって自分の山歩きはもとより、Ryoウォークもままならなかった。妻実家の庄内までは580km、車で8時間強の道中は末子が一人で運転してくれ有難かった。Ryoは相変わらず葬儀には参列できなかったが、一緒に祖母を見送ってくれた。

宿の窓から見る不動岩

第四街の祭扇

妻が先行して実家に戻っていた間に大祭があった。Ryoとの散歩中、お囃子の聴こえる場所まで近づいたが、やっぱり人混みは苦手。祭りとは無縁の誰もいない小さなお稲荷さんに寄って帰る。

追松稲荷神社

10月某日、長谷川家長屋門

この10月は、Ryo自身の様々な問題もあって新しい生活介護施設を試し出した。今のところ順調な滑り出しだが、さてどうなることか。私たち親も確実に歳をとっていく。

11月2日、蓮華寺池公園でのダウン症の会の行事に久しぶりに参加。と言っても、会の皆とは別個にウォークして、弁当を食べて(これは皆と一緒に食べられた)帰ってきたのだが・・・。まぁ、参加することで良し!かな・・・。

蓮華寺池公園の日時計

古墳広場から高草山と宇津ノ谷の鞍部に少し冠雪した富士山

 

ばけばけ

新しい朝ドラ「ばけばけ」が面白い。ご当地の静岡・焼津も八雲のお気に入りの地であったのも嬉しいことの一つだ。

焼津駅前の小泉八雲

www.yaizu.gr.jp

ところで、恩師のN先生がアイルランドに絡んで小泉八雲に触れていたことを思い出した。ラフカディオ・ハーンが日本の八百万の精霊と出会い、小泉八雲となった必然が分かる。

「私のアイルランドものがたり」(永江史朗著/令和2年4月)

小泉八雲と妖怪のはなし

アイルランドには資源はないが妖精だけはいっぱいいる。これほどの妖精大国は、EU諸国の中にはないのではないか」と司馬遼太郎は著書の中で言っている。

 私もゴールウェーからコングへ下る道すがら、妖精たちが頭の中に入り込んだように、そのことでいっぱいになった。すでに妖精が専用車のそこそこに乗ってしまっているような気さえした。

 妖精というとアイルランド小泉八雲ラフカディオ・ハーン)もお化け、幽霊、妖怪という非キリスト教的な存在が、地上の現実よりも好きであった。同じアイルランド人でもイエーツの場合は、その〝好き〟をアイルランドの民族精神に役立たせようとしたが、ハーンはその〝好き〟を八百万の妖精が棲む日本に帰化し、それを全日常に取り込むほどの徹底ぶりだった。

 世界の方々をめぐり、ハーンが日本に来るのは1890年(明治23年)の4月である。かつてニューオリンズで知遇を得ていた文部省高官のつてで出雲・松江中学の英語教師の職を得る。彼の最初の日本体験が神々の国である出雲だったということも極めて意義深い。山河のあらゆるものに神が宿るケルト的な汎神論の世界と八百万の神々が集う世界とを、ハーンは重ね合わせて感じていたのかもしれない。

 遡って、ハーンは8歳のころ、父チャールズの姉キャサリン・エルウッドが住むメイヨー州コリブ湖畔のコングへ時々出かけ、従弟エルウッドらとともにアイルランドフォークロア(民間伝承、民話)に接する。また、コングは、ケルト人渡来以前からのストーンサークル、ドルメン、妖精の塚など遺跡の宝庫であっただけに、従弟たちとの遊びの中で妖精になじむ機会も多かったに違いない。

 一方で、幼少のころのハーンは極度に臆病で、夢の中や、ときには昼間でさえもオバケのようなものを見た。また、幽霊やオバケは夢の中だけではなく、生のままで出没した、とまで言っている。このこと一つを取ってみても、ハーン少年は神経が透けて見えるほどに物事に過敏であったことが分かるし、想像力の量と質が並みではなかったことが分かる。

 妻小泉セツは「思い出の記」の中で、以下のように語っている。

「怪談は大層好きでありまして『怪談の書物は私の宝です』と言っていました。私は古本屋をそれからそれへと大分探しました。淋しそうな夜、ランプの芯を下げて怪談をいたしました。へルンは私にものを聞くにも、その時には殊に声を低くして息を殺して恐ろしそうにして、私の話を聞いているのです。(中略)話が面白いとなると、いつも非常にまじめにあらたまるのでございます。顔の色が変わりまして目が鋭く恐ろしくなります」。

(『私のアイルランドものがたり』より)

*  *  *

ハンバードハンバードの歌う主題歌「笑ったり転んだり」がまた良い。特に2番は時代性を感じ、カントリー調のスローテンポが胸に響く。

日に日に世界が悪くなる

気のせいかそうじゃない

そんなじゃダメだと焦ったり

生活しなきゃと坐ったり

夕日がとても綺麗だね

野垂れ死ぬかもしれないね

何があるのかどこに行くのか

わからぬまま家を出て

帰る場所などとうに忘れた

君とふたり歩くだけ

music.youtube.com

来週は島田大祭

第四街祭扇・表

第四街祭扇・裏

来週(10/11〜13)は3年に一度の島田大祭(帯まつり)。関連の仕事も無事に終わりお礼の祭扇を頂いた。Ryoとの屋台見物が楽しみだが・・・行くかなぁ。

shimadataisai.jp

彼岸花

日曜日、Ryoと一緒に栃山川土手の彼岸花を散策。いつも律儀に彼岸に合わせるこの花も、異常な酷暑のせいか、今年は盛りが少し遅かったような気がする。

春には桜が楽しめる土手の道

栃山頭首工で折り返す

Ryoとの散歩はすっかり日課になった。次は、その先のコスモス畑に行ってみようか。

 

友人の四十九日

8日朝、八幡山展望台からの富士山

安倍奥(遠景)も白くなってきた

今日向かう松風閣は遠景(高草山)右端の小さな突起・虚空蔵山の場所にある

2/8、昨年暮れに脊髄腫瘍で亡くなった友人Suyの四十九日法要を宗傳寺で、その後、お膳上げを焼津・松風閣で行った。
昨年秋に母親を亡くしたSyoに身寄りはなく、友人葬とでもいったところ。地元在住の友人4人(とその家族)、東京から足を運んできた大学時代の友人、ShyとTumとは40年ぶり近くの再会となろうか。こうして旧交を温められたのも、まめな付き合いをしていたSyoのおかげだ。それぞれが彼の思い出を語り、彼の好きだった芸をして小さいながら良い供養の宴だった。

松風閣窓越しの富士山

Ryoも一緒に供養してくれた

9日帰宅後、伊太まで散歩、梅がチラホラと咲き始めた

伊太八幡神社

この正月

新年も10日になって間の抜けたことだが、本年も穏やかな年でありますように。

仕事納めの28日になって、15年程も使っていたPCが逝ってしまった。暮れの仕事が片付くまで持ったのは彼なりの意地だったのだろうか。後生大事に使い続けたのは仕事に使うソフトのバージョンが古いからで、今は何もかもサブスクリプションの方式になってしまって必要もない機能に無駄に金がかかってしまう。買取済みのソフトを活かせる方法をネットで検索したり、帰省中の息子に尋ねたりしたが、そんな都合の良いことはもはや無かった。あと何年仕事ができるか分からないが、取り敢えず年明けの仕事再開に間に合わせるために、中古(整備品)の新しいPCを手配し、正月中かけてソフトのインストール、周辺機器の接続、データの移動などに追われ、何とか再構築することができた。で、ブログも再開できる運びとなった。

温暖な当地では風もなく穏やかな正月を迎えることができた。

波田の立石稲荷に参詣し、いつものように八幡山のパノラマ台に上がった。

初富士と志太平野駿河湾の向こうに伊豆半島

初山行は5日、精進湖北の三方分山へ。前夜のものかうっすらと白いものが。

精進諏訪神社の境内には国天然記念物の大杉(樹齢1200年、目通り10.2m、高さ40m)

旧中道往還を登り切った阿難坂(女坂)峠の石仏

パノラマ台からの富士山

精進湖

https://takobo-gen.hatenablog.com/entry/2024/11/23/100759?_gl=1*x6t6hy*_gcl_au*MTIyNjY4OTU4MC4xNzQ1MDQ0NDQz

師走あれこれ

12/15、粟ヶ岳の後の忘年会で新型コロナに感染、熱は2、3日で平熱に戻ったが胃腸の不調が今も続く。忘年会参加者の約半分が感染というクラスター状態でやれやれのことだ。幸い家族への感染は無し。

12/24、旧い友人(高校の同級生)のSが亡くなった。末期ガンで年は越せないと告げられていたが、前週には蓮華寺の畔に連れ出してもらい、そばを啜って、ビールを舐めて、好きな煙草も吸った。前年、年老いた母親を亡くした後は彼に身内はなく、数人の友人だけでの静かな見送りとなった。寂しさが押し寄せる。

12/28、末っ子が十山のウィスキー「Flora 2024」を届けてくれる。噂には聞いていた南アルプスの貴重な酒は職場忘年会で引き当てた由。旨い!

 

 

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十山株式会社は、南アルプスの奥深い山々の価値を世界にお伝えすることで、自然に関心をもっていただき、自然を楽しむと同時に、それが少しでも自然を守る行動に繋がるよう...

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