
「大津谷川・栃山川を駿河湾まで歩こう」シリーズ第1回目の今回は、大津谷川を大井川合流点まで歩いた。大井川用水に関わる部分は伊太谷川との合流点から栃山頭首工までの僅かな区間だったが、志太幹線の超ミニな細島発電所(年間可能発生電力量27万kw/h=一般家庭75戸分)など興味深かった。Simさんによると、この発電所は落差(僅か2m)というより水流の勢いでタービンを回しているらしく、水車もプロペラ型ではなく縦軸のらせん水車3基を使っている。
次回からはいよいよ栃山川部分の歩きとなり、用水の志太地域での中核部分を歩くことになる。頂いた資料『いのちの水大井川用水』(国営大井川用水農業水利事業完工記念誌)やクリアファイル(大井川土地改良区)の大井川用水「水の道マップ」(下記掲示図)を見ると、大井川の水が用水や分水施設を使って下流域の隅々に巡らされていることが分かり、その実際を見られるのは楽しみなことだ。また、栃山川というのは本誌281号の拙稿「大井川下流域での流路変遷」中に示した大井川の旧流路(Ⅱ流路)そのものを利用した水路であって、その面からも何か興味を惹くものが見つかればと思う。


編集・発行/㈳中部建設協会静岡支所
さて、手元に『私たちの川 大井川』という島田地域の小学3・4年生用に作られた郷土学習副読本がある。Ⅰ大井川の自然、Ⅱ人びとのくらし、Ⅲ交通と文化、Ⅳ大井川の開発、と題名どおり「私たちの」大井川について実によくまとめられたテキストだと思う。「はじめに」の中で「大井川は私たちのふるさと」と題して、次のように記している。
南アルプス(赤石山脈)から流れ出て、途中多くの土地をうるおしながら160キロメートルの旅を終えた大井川の流れが駿河湾に注いでいます。
春、山間のやわらかい日差と静かな風の中、見わたすかぎり緑の台地が大井川にそって広がっています。木かげの岩に腰をおろして素足を水にひたす夏。谷間を流れる清らかな水の音がひびきわたり、ひんやりとした空気があたり一面にただよっています。秋には、大井川に映える紅葉とつり橋のみごとな風景が旅心を誘い、冬、からっ風がふきさらす時、南アルプス(赤石山脈)は雪でおおわれ豊かな水を大井川にもたらします。
こうして、大井川は四季おりおりの姿をうつしながら、今も流れつづけています。
大井川の水は田や畑をうるおし、飲料水などとして私たちの毎日の生活を支え、また工業用水や水力発電用水として、今日《こんにち》の社会を支えています。しかし、大井川は、このように人々に大きな恵みを与える一方、たびかさなる洪水によって多くの被害をもたらしてきました。この一本の川をめぐって、人々のさまざまなたたかいがあり、長い時の流れの中で各地に独特の生活や文化を築いてきました。いいかえれば、私たちの今のくらしは大井川とともにあるといえます。
小学3・4年生向けとしては少し難しい言い回しと感じるが、言わんとすることは理解できる。先に挙げた農水省のパンフや大井川土地改良区のそれに書かれたことと同じく大井川は私たちの〝いのちの水〟ということである。
お気付きのようにこの言葉は、リニア中央新幹線の南アルプス貫通トンネル工事をめぐってのJR東海とのやりとりの中で、川勝(前)県知事の決めゼリフ「大井川の水は流域市町60万人の〝命の水〟だ。」と重なるものだ。
私たちは、山を歩く者として大井川の上・源流域での姿を知り、同時にその下流域での水をめぐる先人の様々な努力や工夫、また現在の様子をおはようハイクの機会の中で見ていく中で、「私たちの今のくらしは大井川とともにある」ことを実感する。南アルプスの自然の中で遊ぶことと、下流域での私たちの生活は、一体のものとしてあるということだ。
(2020年11月 『やまびこ』No.283)